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私が更年期の症状に苦しむようになるまで

こんにちわ、ゆうりんです。

私はこの2~3年、色々な更年期の症状に悩まされています。

身体的症状から精神的症状まで。

言い訳になるかもしれませんが、それがブログが書けなかった一因でもあります。

 

更年期障害というのは人それぞれ、症状もその重さも、また期間も違うと聞きます。

私はどちらかというと、めんどくさい部類に入るのではないかと思っています。

 

そこで、私が感じている症状と対処したこと、それに対する自分なりの考察などを時系列でまとめてみたいと思います。

 

※書き始めたら非常に長い文章になってしまったので、今回は「私が更年期の症状に苦しむようになるまで」ということで書いていきたいと思います。

ぐったりする人形

 

もともとの私の健康スペック

快眠快食、中肉中背、風邪なども滅多に引かず、健康診断にひかかることもなく、健康そのもので40代まで生きてきました。

生理は月1回規則的に来ていて、生理前の症状が少しありましたが、出産してからは生理痛もありませんでした。

メンタル的には、落ち込みやすかったり、色々なことを気にしすぎたり、結構弱い方だと思います。

真面目で几帳面で責任感が強く完璧主義・・・自分はうつ病になりやすいタイプだから気をつけなきゃ・・ってずっと思っていました。

 

体に異変が・・・

下の子が小学校中学年に上がり、手がかからなくなってきたので、パートで午前中だけの仕事を始めました。

 

そこが最悪でした。

 

いくつかの煩雑な仕事を、時間と客の列に追いまくられながら同時進行でこなす。

もはや日常となっている苦情対応・・・自分がやっていないことも平謝り。

怒号を浴びせられても、だれも助けてはくれない。

冷暖房はあってないようなものでほぼ外気温。

さらには、古米のパートさんからの陰湿な陰口といじわる・・・。

 

こうして改めて文字に起こしてみるとひどいですね^^;

 

仕事を始めた初日から「ここやばいかも」と察したのですが、「一度入った職場をすぐにやめてはいけない」「すぐにやめるのは自分が弱いせい」という昔ながらの固い考えのまま耐えて耐えて、3年も続けてしまいました。

その間、何人かの方が入ってはすぐに辞め・・・早い人は数時間でした。

 

私もそうすれば良かった、あほだった・・・と今になっては思います。

すぐに辞めていたら、今頃こんな更年期の症状に悩まされていなかったかもしれないですね。

 

最終的には、

 

14時30分頃に帰宅して味のない昼食を詰め込み、ぐったりとリビングの床に横になる。

子どもや旦那が帰ってきている気配は感じるものの起き上がれない。

深夜に目が覚め、夕飯が作れなかったことや、子どもを全く構ってやれなかったことに対する罪悪感、仕事で受けた精神的消耗から逃避するように、だらだらと動画を見ながら、大ボトル炭酸ジュース1本とポテチ大袋を食べ、4時頃にその場で横になり仮眠。

6時半頃に起き、子どもに適当にパンなどを食べさせ学校に送り出してから出勤。

お風呂も面倒くさいから毎日は入らず、掃除と洗濯は耐えられなくなってから。

 

という生活が続くようになりました。

 

あまり私がやることや家事にとやかく言わない旦那ですが、さすがにこんな異常な状況を見て、私の体を心配して仕事をやめるように言うようになりました。

 


そんなある日、買い物から帰宅途中の運転中に、時間にしたら数秒だと思うのですが、記憶が飛びました。

色々考え込んでいてふっと我に返ると、大きな道の交差点でハンドルを握っていて、自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか、何をしているのか分からなくなりました。

運転中だということはすぐ分かったのですが、考えても運転の仕方が分からなく、とっさに体の記憶に任せることにして、適当な路肩に車を止めることが出来ました。

自分が何者かも分からない状態から徐々に記憶がはっきりしてきて、現状を把握したときドキドキして手が震えました。

 

その時、さすがに仕事をやめよう、と決心しました。

 

それから仕事をやめるまで、まぁ色々とありすぎて笑えるくらいひどい状況でしたが(そこは詳細を言うと身ばれの可能性があるので割愛)なんとか辞めることができました。

 

気がつけば長文になってしまいましたので、今回はこの辺で。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

<2021/09/26 追記>

続きを書きました。

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